下諏訪で せせらぎを聴きながら 増田会長

理事が持ち回りで近況報告や最近の思いを綴ります。
今回は増田会長からの寄稿です。お楽しみください。

今春から下諏訪と立川の二拠点生活を始めた

下諏訪では
亡き義父の愛用していた机に座ることが多い
窓下からは承知川の流れの音が聴こえてくる

彼の人生を振り返ってみるときを頂いた

彼は高校生の頃から小説家を夢見ていた

既に巨匠となっていた晩年の作家に手紙を書いた
貴方様の弟子にして下さい

お返事を頂いた
「誰でもが太陽であり得る
私達の急務は
ただ眼前の太陽を追い駆けることではなくて
自らその内に
高く太陽を掲げることだ」

そして 「私は弟子は取らない 友人としてなら付き合いたい」 と
肉声が聞こえるような丁寧な直筆を頂き、一層敬愛の念に

貴方をもっと知りたい 究めたい

頂いた言葉を心の内で深く考えた
同じ道を歩むことが自分の人生を生きることなのだろうか
道は違っても自分の夢を追いかけてみよう

夢ばかりでは生きられない時代
長男として家族を支える必要があった
形は変わっても夢は持ち続けた

小説家の道を諦め、その作家の研究者の道を知るところから、歩みはじめた

諦めないかぎり 夢は成る

東京の大学時代は学費、生活費をアルバイトで賄った。
食事も切り詰めた
家庭教師宅で頂くご飯が唯一の食事だったという

大学卒業後は 地元の教職で食い扶持を稼いだ

時間を凝縮させ夢の実現のために作家の足跡を歩き
資料を集め、文献の読み込みに精を出した

幼少期に足を患うも
先頭切って腕白な遊びをする子供だった

屋根から飛び降りて怪我をする思い切りのいい
もっと言うと 向こう見ずなところもあった

彼にとっては 夢に向かって 前を向いて生きる
そのことが何よりも心を占めていた

研究するにはやはり東京で そうと決めたら動きは早かった
家族で上京した

最後の研究の集大成、その作家の800頁にもわたる事典を編纂した

パソコンの普及のない時代
語彙の収集は紙のカードに手書きで、コツコツと

共に夢を見ようょ

当時のゼミの学生さん、講座の方々
様々なその作家に想いを寄せる人たちに呼びかけて共に創り上げた
皆の心が結集した本の完成に

今とは異なる手作業の時代

その事典の完成とガンの見つかった胃の全摘出が同時だった

幼い時から、何度も命の危機と遭遇しながら
このときも今までと同じ 無いものを求めない 嘆かない
熱情 意思 勇気 夢

胃が無いなら腸がある
すると
腸が胃の働きをするようになった
控えめに人生を伴走する妻の姿があって
人は一人では生きられない

若い頃の一通の手紙がすべての原動力

ただ作品を読み込めば読み込むほど 憧れの作家の真髄は遥か向こうに思えた

我が身を燃やして作家の思いに至りたいと読み込んで行った蔵書は三万冊になった

歳を取るとともに依頼された原稿を失念することが増えた
既にある書物を繰り返し発注することが重なった
清々と流れていたときの流れが緩やかに揺れ始めた

人間も自然の一部
赤子に生まれて赤子に還る

床に伏せることが多くなった

それでも長年の研究成果はきちんと頭に整理されており
ときの宝はなくならない
聴き取りをして代筆をすれば 見事な論文になった
大教室でたくさんの学生が聴いていただろう講義を
一対一で聴かせて頂けた ときの宝もの

夢で一人の方がお見舞いに来てくれたという
何かを感じたのか 彼は伏せていた布団の上に正座をした

目覚めて夢と知る今も

覚めやらぬ 夢の只中

と話された

目が耀きを取り戻した
この言葉に出会うために 今日まで生きていたのです

作家を研究するために生きたのではなかったのだ
自分しか生きられなかった 色々あった人生そのものがアート

ときは最高の答を用意されていました、と

夢の只中のまま
数日後 生を全うされた 生ききられた

(増田照彦)

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